飯守泰次郎&新交響楽団の「トリスタンとイゾルデ」

新交響楽団第244回演奏会

ワーグナー/楽劇「トリスタンとイゾルデ」
 第1幕への前奏曲、第2幕全曲、第3幕第3場 (演奏会形式)

トリスタン:二塚直紀
イゾルデ:池田香織
マルケ王: 佐藤泰弘
ブランゲーネ:金子美香
クルヴェナール:友清 崇
メロート:今尾 滋
牧童:宮之原良平
舵取り:小林由樹

指揮 飯守泰次郎

2019年1月20日(日) 14:00 東京芸術劇場コンサートホール

画像


今回の東京行きの一番の目的は、このコンサートであった。仙台フィル常任指揮者就任を機に、飯守マエストロの実演に接する機会が俄然増え、いずれの演奏も感銘深く、氏が最も得意とするワーグナー演奏をナマでは一度も体験してこなかった後悔の念も大きく、このチャンスを逃してはいけないと思った。

歌手もイゾルデがこの役では我が国第一人者であろう池田香織だし、ブランゲーネも去年のバイロイトに出演した話題の金子美香である。期待も高まろうというもの。

チケットを申し込んだのが11月の下旬と遅いこともあったが、既に1階にはよい席が残っておらず、2階席での鑑賞となった。実際たいへんな客入りで、二日前のサントリーホールの読響定期よりギッシリで、ほぼ満席のように見えた。

演奏会形式の抜粋とはいえ、何しろワーグナーの楽劇そのものを体験するのは今回が初めて。作品や演奏への興味も大きかったが、ナマで聴く歌手とオーケストラの音量バランスはどんなものかということも大きな関心事であった。

歌手はオーケストラの後方に設営された少々広めの山台上に位置していた。演奏会形式でよくあるパターン。大編成のオーケストラを目の前にしながら歌うことになる。バイロイトでは天井のあるオケピットであるためバランスが良いらしいが、こういうむき出しのセッティングのときはどんなバランスになるのだろうか。

客席に届く声量に限っていえば、男声は概ね問題なく、女声は少々マスクされてしまう感じだった。弱音になると聞き取れない箇所も出てくる。おそらくこれは仕方のないことで、これが普通なのだと思う。(マーラーの「大地の歌」はこんなものではなく、理想のバランスの実現は録音以外にないのが現実のようだ。)

まあそういうバランスなんだなということを知って、あとは自分の耳で補いながら聴いていくことになる。

歌唱が印象的だったのは、トリスタン役の二塚直紀。若々しくハリのある声で言葉や表現も明快。それからイゾルデ役の池田香織はさすがにこなれていて長丁場でも常に安定感があり役に完全に嵌まっている。

マルケ王役の佐藤泰弘は、声量は豊かであったが、音程やフレーズの締めくくり方など「あれ?」ということが時々あり、少しばかり気になった。

そしてブランゲーネ役の金子美香。バイロイトでグリムゲルデを歌って話題の人だ。先月、飯守マエストロ指揮仙台フィルの第九でもソリストを務めていた。悪かろうはずがない。しかし・・。

第2幕第2場でトリスタンとイゾルデの逢い引き中にブランゲーネが発する警告の調べは、警告であるにもかかわらず最も陶酔的な音楽として鳴る・・・、ように思う。
しかし、この日の金子美香の歌唱は、ヴィブラートが強く、それ故こちらが聴きたい透明感のある響きからは遠かった。正直「ちょっとキツいな」と思った。一番楽しみにしていた箇所なので多少残念でもあった・・・が、しかし。

帰ってきてから飯守マエストロや今回の新響公演のことを検索していたら、私としては衝撃的な記事に出会った。オペラ・エクスプレス【リハーサルレポート】新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」というものである。

『第1場のブランゲーネとイゾルデの2重唱で、美しく仕上げられた歌唱に対して(飯守マエストロは)「綺麗すぎる」と注文。侍女が姫に対しこれほど抵抗し、しつこく忠言するのは異常事態だというのだ。この場面についてマエストロは次のように語る。「狩に行くという建前でマルケ王の一行が見張っていることにブランゲーネは気づいており、だからこそ『用心せよ』と繰り返すわけです。しかし愛に溺れるイゾルデはそれに気付くことが出来ない。第1幕の媚薬のせいではありますが、それ以上に盲目の愛の恐ろしさがここでは表現されているのです」』

そういうことか・・・
それは第1場の話であるが、第2場のあのブランゲーネの陶酔的でない歌わせ方もおそらくは飯守マエストロの指示だったのであろう。確かに理に適っている。ブランゲーネの警告が陶酔的に聞こえてしまうのは、愛に溺れている主人に対する気遣いを現しているようなもので、「そういうご気分(←音楽で表現)のこととは思いますが、それどころじゃない(←言葉の表現)ですよ」ということであるから、ブランゲーネまで一緒になって陶酔していたのでは話がおかしくなってしまう。だから金子美香の厳しい表情の歌い方は、全く正しい!ということになる。トリスタンとイゾルデ、加えてブランゲーネにまで同じ雰囲気で愛の陶酔を求めるのは、こちら側のご都合主義というか堕落の表明というか、支離滅裂であまり格好いいものではないように思えてきた。

飯守マエストロの音楽作りは今回もとても逞しいものであった。感情の高ぶりが音楽に乗り移り、決め所ではあの「飯守フォルテ」がガツンとやってくる。テンポはどちらかというとキリリとして速めでありながらドイツ的なゴツゴツした味わいがある。サラッとは流れず抉りが利いている。仙台フィルとのベートーヴェンから聴き取れたのと全く同じことだ。

東京芸術劇場に来たのは多分5、6回目だ。サントリーホールよりは圧倒的に少ない。それにしても響きのよいホールである。今回の2階席もブレンド感、空間感ともたいへん豊かであった。

書き忘れてはいけないことがもうひとつ。
プログラムに掲載された新響クラリネット奏者の品田博之氏の解説の分かりやすさ! これまで目にしてきたこの楽劇の解説の中で、こんなに楽しく読めたものはなかった。

『トリスタンとイゾルデは媚薬を飲んでからはもうあっちの世界に行ってしまっており、昼、つまり社会や人間関係に縛られる世界を忌み嫌っているわけである。あまりに卑近なたとえで恐縮だが、夜に書いた手紙や作文、特にラブレターを「昼に見るなんて恥ずかしくて無理!」ということの極端なものと考えてもよいかもしれない。』
本質をズバリ言い当てているように思う。

新響のホームページにも全文が掲載されているので、興味ある方にはご一読をお薦めしたい。

このコンサートにも東条碩夫氏が来ていたようだ。コンサート日記の記事になっている。

第2幕が終わって拍手を受けるため何度かの出入りの中で、飯守マエストロが指揮台で一瞬よろめく場面があった。手術は成功だったとのことだが、腰を気遣ってバランスを崩したのかもしれない。それ以上は何事もなかったのでホッとした。


(読売日本交響楽団 第584回定期演奏会へ)


(神奈川フィルハーモニー管弦楽団定期演奏会 県民ホール名曲シリーズ第3回へ)

(飯守泰次郎&仙台フィルの第2、英雄へ)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)